※本記事は歴史・文化の解説であり、特定の商品やサービスを紹介・推奨するものではありません。歴史には諸説あり、年号や呼び名は資料によって異なる場合があります。
大人のおもちゃ、あるいは性具とは、性的な快感を高めたり、性欲を満たしたりする目的で使われる道具の総称だ。「淫具」とも呼ばれ、日本では古くから、信仰、医療、商業、そして取締りと隣り合わせで語られてきた。この記事では、使い方や商品の紹介には立ち入らず、江戸の張形と春画、店と流通、戦後の名目の工夫、現代の法規制の基本という歴史の面だけを整理する。江戸の性文化の全体像は浮世絵と春画の歴史の記事も参照してほしい。
大人のおもちゃ(性具)の歴史
性具とは|呼び名と範囲
性具の範囲は広い。男性器を模した「張形」(現在のいわゆるディルド)、振動する器具、男性向けの器具、人形(ダッチワイフ・ラブドール)、潤滑剤などの消耗品まで含めて、まとめて「性具」や「大人のおもちゃ」と呼ぶ。歴史的に見ると、女性が自分の快楽を追うことは不道徳とされがちだったため、初期の性具には、男性側の願望を反映した形や機能のものが多かったと説明される。近年は、女性自身の視点で作られた製品やブランドが増え、位置づけも変わりつつある。
古代から中世|張形の起源と信仰
男性器を模した「張形」は、世界の各地で古くから確認される。起源の正確なところは分かっておらず、石器時代の出土品を同じ目的の道具とみる説もあるが、確かではない。日本については、飛鳥時代に遣唐使が中国から持ち帰った青銅製の張形が朝廷への献上品に含まれていたという記述があり、奈良時代には動物の角で作った張形が文献に登場すると紹介される。ただし、これらは百科事典的な解説に拠る伝承的な記述で、一次史料での確認は難しい。
一方で、男性器を象った造形は、道具としてだけでなく、信仰の対象でもあった。陽物崇拝と呼ばれる習俗では、子孫繁栄や豊作、病除けを願う対象になり、木製の巨大な像が神社に祀られた例がある。神奈川県のかなまら祭のように、男根を模した神輿が練り歩く祭礼は、毎年4月の第1日曜日に行われ、国内外から観光客を集めている。道具としての性具と、信仰としての造形は、日本の歴史では境界があいまいなまま併存してきた。
江戸時代|張形・春画・四ツ目屋
江戸時代に入ると、木や陶器でできた張形が販売され、一般の人にも使われ始めたとされる。この時代の特徴を示す資料が、春画だ。江戸文化の研究者である田中優子は、浮世絵の春画には、張形が誕生した当初から、女性が自分で選び、買い、使う道具として描かれていることを、日本の「張形文化」の特色として挙げている。井原西鶴の『好色一代男』(1682年)にも、大名家の奥向きの女性が、部下に長く太い張形を買いに行かせる場面が出てくる。大奥のように男性が立ち入れない場所で、奥女中が使ったという話も伝わる。こうした描写は、浮世絵の表現として誇張された面もあり、実態をそのまま映しているとは限らない点に注意が必要だ。
専門の店も実在した。江戸の両国(薬研堀、両国米沢町とも伝わる)にあった「四ツ目屋」である。『世界大百科事典』によると、創業時期は不明だが、店の口上には寛永3年(1626年)とある。1777年の書物では薬品の部に、1824年の案内書『江戸買物独案内』では小間物の部に店が載っており、性に関わる薬や道具の販売が本業だったとみられる。店は紋所に四つ目結を用い、扱った品は、男女の形を模した器具のほか、「長命丸」「女悦丸」などの特製の薬だった。長命丸は文芸作品にも登場する代表的な商品で、価格は32〜64文と記される。効能は確かではなく、媚薬としてイモリの黒焼きを扱う店としても知られた。1773年の咄本に、店の名が出てくるのが初出だという。注目されるのは、遠方の客に向けた通信販売をしていた形跡があることで、箱に入れ、封をして送るといった内容が広告に見える。江戸の町人の消費文化の一端を示す事例だ。
熊本の「肥後ずいき」も、江戸の性具として知られる。熊本藩の細川家が、徳川家への献上品や参勤交代の土産に定めたとされ、大奥でも使われたと伝わる。素材はサトイモ科の植物の茎で、現在も熊本の土産物として売られている。江戸時代は、道具、薬、土産が一つの流通網で動いていたことが分かる。

四ツ目屋忠兵衛・中川五郎左衛門(1824年の刊行物) / パブリックドメイン / Wikimedia Commons

井原西鶴 / パブリックドメイン / Wikimedia Commons
明治から戦前|近代化と取締り
明治に入ると、近代化の名の下に、性具も取締りの対象になった。多くが没収・処分されたという。ただし、売春そのものが当時は直ちに禁止されていたわけではなかったため、遊所や風俗の場での使用を前提とした性具は、摘発を受けながらも流通し続けたと説明される。この時期の遊廓や色街の制度については、日本の遊廓の成り立ちと全国の主な遊廓一覧も参照してほしい。
戦後から昭和|薬事法の下での名目と電動式の普及
戦後の転機は、医薬品や医療機器を管理する薬事法だった。1948年(昭和23年)の同法の改正以降、性具の販売には厚生大臣の認可が必要になり、認可のない製品は販売しにくくなった、と説明される。その結果、業者は、張形に顔を彫って「こけし」や「人形」として売り、電動式のものを「マッサージ器」「可動人形」「玩具」などの名目で売るようになった。性具を「こけし」と呼ぶ習慣や、顔のある造形が長く続いた背景には、こうした規制回避の工夫があったとされる。これらは百科事典的な解説に基づく記述で、個々の事例の裏付けは限られる。
電動式は、マッサージ器として昭和30年代の半ばに発売された製品が最初とされる。「電動こけし」の名が一般化したのは、1972年(昭和47年)に発売された、こけし状の外観の製品だった。この製品は小さな改良を重ね、1990年の時点で累計100万本を売る大ヒットになったという。流通は、専門の問屋が中心で、1993年の時点で全国に15〜20社ほどだった。顧客はほとんどが男性で、メーカーというより、問屋が商品を企画し、町工場が作る形が多かったと、ライターの松沢呉一が証言を紹介している。通信販売では、表向きは肩こり用の電気マッサージ器として載せる例もあった。同じ時期の街の風俗については、トルコ風呂からソープランドへの歴史や、ビニ本・裏本の歴史の記事で触れている。
平成から令和|女性向け市場とデザインの変化
1990年代に入ると、潮目が変わる。1996年、北原みのりが、女性の性についての情報を発信するウェブサイトを開設し、フェミニズムの視点で女性向けのグッズを扱うショップを立ち上げた。これが日本で初めて、女性だけで運営する性具のショップだったとされる。2005年には、従来のように卑猥さを前面に出さず、「ごく当たり前のこと」として、機能とデザインを追求する男性向けの製品ブランドが登場した。この女性向けショップは、2019年に大阪の百貨店に常設店を出した例もある(2022年に閉店)。呼び方も、「フェムケアグッズ」のように、健康や自己ケアの文脈で語られることが増えた。
また、通信販売やインターネットの普及で、規制の少ない海外製品を個人で買えるようになり、顔や動物の造形をもつ「こけし」型は減ってきた。現在は、見た目に「ジョークグッズ」と記して流通する例も多い。素材や設計の面でも、IC制御や防水など、家電に近い進化が進んだ。
海外の歴史|医療器具から家庭用電気製品へ
海外では、19世紀後半に電気式の振動器が登場する。1880年に英国の医師ジョセフ・モーティマー・グランヴィルが医療用の電動振動器の特許を取り、1902年には米国の家電メーカー、ハミルトン・ビーチ社が、家庭用の手持ち式の電動振動器を発売した。以降、通販カタログや女性雑誌の広告に載り、広く売られたという。なお、これらの器具を医師が女性の「ヒステリー」の治療に使っていたという通説は広く流布してきたが、2018年に研究者のホーリー・リーバーマンらが、その根拠となる資料の読み方に疑問を示している。性具と医療の関係をめぐる語りは、現在も検証が続いている。

Joseph Mortimer Granville / パブリックドメイン / Wikimedia Commons
年表で見る性具の歴史
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 飛鳥時代 | 遣唐使が持ち帰った青銅製の張形が、朝廷への献上品に含まれたという記述がある |
| 奈良時代 | 動物の角で作った張形が文献に登場するとされる |
| 1626年 | 四ツ目屋の口上にある創業年(寛永3年)。実際の創業時期は不明 |
| 1682年 | 井原西鶴『好色一代男』が刊行される。張形を買いに行かせる場面がある |
| 1773年 | 咄本に四ツ目屋の名とイモリの黒焼きが出る(初出とされる) |
| 1824年 | 『江戸買物独案内』に「四ツ目屋忠兵衛」の広告が載る |
| 明治 | 近代化を理由に取締りの対象となり、多くが没収される |
| 1948年 | 薬事法の改正。性具の販売に認可が必要になったとされる |
| 昭和30年代半ば | マッサージ器として電動式の製品が発売される |
| 1972年 | こけし状の電動式製品が発売され、1990年までに100万本のヒットとなる |
| 1996年 | 日本初の、女性だけで運営する性具ショップが開設される |
| 2005年 | デザインを重視した男性向け製品ブランドが登場する |
| 2014年 | 薬事法が薬機法(医薬品医療機器等法)に改称される。現行の施行令の別表には、「性具」が医療機器(衛生用品)として掲げられている |

現代の法規制の基本|何がどの法律に関わるか
現代の日本で性具の流通に関わる主な枠組みは、次の四つだ。制度の骨格だけを整理する。個別の商品や販売方法が適法かどうかは、形状や表示、販売先などによって変わるため、実際の販売・輸入を考える場合は、所管の機関や専門家に確認する必要がある。
| 法令 | 性具との関わり |
|---|---|
| 刑法175条(わいせつ物頒布等) | わいせつな物を頒布したり、公然と陳列したりすると、2年以下の拘禁刑、250万円以下の罰金もしくは科料、またはその併科。有償で頒布する目的での所持も処罰の対象。女性器などを写実的に模した造形が問題になりやすく、別部品や別売、抽象的な形にする設計につながったとされる |
| 薬機法(医薬品医療機器等法) | 同法の施行令の別表では、医療機器の「衛生用品」に、月経処理用タンポン、コンドーム、避妊用具と並んで「性具」が掲げられている。粘膜に触れる性具は医療機器の扱いとなり、製造販売には許可や承認が必要とされる。現実には、承認を得ずに「ジョークグッズ」「玩具」などの名目で販売される例が多いと指摘される |
| 関税法69条の11 | 「公安又は風俗を害すべき書籍、図画、彫刻物その他の物品」は輸入してはならない貨物の一つ。海外から輸入する際は、税関の検査の対象になる |
| 都道府県の条例 | 青少年の保護育成に関する条例で、「性的がん具」「有害玩具」などに指定された場合は、18歳未満への販売や入店の制限が設けられる。内容は自治体によって異なる |
なお、風営法は、性風俗関連特殊営業などの営業の許可・届出を定める法律で、その歴史は風営法の歴史(1948年・1985年・1998年)の記事にまとめてある。性具の物販と風営法の関係は、取り扱う営業の形態によって異なるため、ここでは立ち入らない。
まとめ
性具の歴史は、江戸の張形と四ツ目屋に見える、専門店と通信販売を備えた商業としての顔、信仰として神社に残った造形、戦後の薬事法の下での「こけし」「マッサージ器」という名目、そして1990年代以降の女性向け・デザイン重視の市場という、いくつかの層でできている。現在は、刑法、薬機法、関税法、条例が重なって関わる。名目や形を工夫してきた背景には、規制と需要の間で商品が形を変えてきた歴史がある。風俗の歴史の一覧で、ほかの分野の歴史もたどれる。
よくある質問
Q. 大人のおもちゃは、江戸時代からあったのですか?
A. あったとされます。江戸時代には木や陶器の張形が売られ、春画にも描かれました。両国には、性に関わる薬や道具を扱う専門店「四ツ目屋」も実在し、1824年の『江戸買物独案内』に広告が載っています。
Q. 日本で最も古い記録はいつですか?
A. 百科事典的な解説では、飛鳥時代に遣唐使が持ち帰った青銅製の張形が献上品に含まれたという記述があり、奈良時代には角製の張形が文献に出るとされます。一次史料での確認は難しい点に注意が必要です。
Q. なぜ「こけし」と呼ばれたのですか?
A. 戦後の薬事法の下で、性具の販売には認可が必要になったとされます。そのため、張形に顔を彫って「こけし」や「人形」として売る業者が現れたと説明されています。
Q. 法律では、性具はどう扱われますか?
A. 刑法175条のわいせつ物の頒布、薬機法の医療機器としての区分、関税法の輸入禁制品、都道府県の青少年条例などが関わります。個別の適否は事案によって異なります。
Q. 女性向けの市場はいつごろ生まれましたか?
A. 1996年に、日本で初めて女性だけで運営する性具のショップが開設されたとされます。2010年代以降は、デザインを重視した女性向けブランドも増えました。
Q. 春画に描かれた張形は、実態を表していますか?
A. 春画は誇張を含む表現のため、実態をそのまま映したとは限りません。ただし、女性が自分で選び買う道具として描かれる点を、研究者の田中優子は日本の張形文化の特色と見ています。
参考にした資料
- Wikipedia「性具」、「張形」、「バイブレータ (性具)」
- コトバンク「四目屋」(世界大百科事典)、Wikipedia「四目屋」、人文学オープンデータ共同利用センター「江戸買物独案内」四ツ目屋忠兵衛(薬研堀)
- Wikipedia「北原みのり」、「TENGA」
- e-Gov法令検索「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律施行令」別表第一、「刑法」第175条、「関税法」第69条の11
- 田中優子『張形 江戸をんなの性』(河出書房新社)、松沢呉一『エロ街道をゆく 横丁の性科学』(ちくま文庫)、Lieberman & Schatzberg「A Failure of Academic Quality Control: The Technology of Orgasm」(Journal of Positive Sexuality, 2018)
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