京都五花街とは?祇園甲部・祇園東・先斗町・宮川町・上七軒の違いを解説

※本記事は歴史・文化の解説であり、特定の店舗や営業を紹介するものではありません。歴史には諸説あり、年号や呼び名は資料によって異なる場合があります。

京都の花街と聞いて、祇園しか浮かばねえ奴は多い。だが京都には「五花街」と呼ばれる街が五つある。ここじゃ店名や料金には一切触れず、五つの街の成り立ちと違いを、歴史の面から教える。

📖 京都五花街にまつわるキーワード

#祇園甲部 #祇園東 #先斗町 #宮川町 #上七軒

目次

そもそも「五花街」とは何か

京都の五花街は、祇園甲部(ぎおんこうぶ)、祇園東(ぎおんひがし)、先斗町(ぽんとちょう)、宮川町(みやがわちょう)、上七軒(かみしちけん)の五つを指す。芸妓や舞妓が、お座敷で踊りや唄を披露する、伝統の街だ。

遊郭と花街は、似ているようで別物だ。花街は、芸を売る街として育った。違いは花街と遊郭の違いの記事に詳しく書いてある。

いちばん古いのは上七軒

上七軒は、京都の花街のなかで最古とされている。室町時代、北野天満宮を再建したときの余った材木で、七軒の茶店を建てたのが始まり、という話が伝わっている。

北野天満宮のすぐそばにある街で、毎年春には「北野をどり」が披露される。五花街のなかでは、いちばん小さな街として知られる。

祇園は八坂神社の門前から広がった

祇園は、八坂神社の門前にできた茶屋が起こりとされる。参拝客に茶をふるまう店が増え、江戸時代に入って、お座敷で芸を見せる街へと育っていった。

今の祇園は甲部と東に分かれている。甲部は、毎年四月の「都をどり」で全国に知られている。東は、秋の「祇園をどり」が名物だ。

先斗町と宮川町は、川のそばで育った

先斗町は、鴨川と木屋町通のあいだに細長く延びる街だ。江戸時代の初めごろに川の砂洲を埋め立ててできた場所で、のちに茶屋の営業が認められて、花街として発展した。春には「鴨川をどり」が行われる。

宮川町は、鴨川の東側、四条と五条のあいだにある。もともと歌舞伎の芝居小屋のまわりに茶屋が並んだ地域で、春には「京おどり」が催される。

五花街を歩くなら、踊りの季節を狙え

五花街は、それぞれ春や秋に「をどり」の公演を行う。毎年のように開かれる、歴史ある催しだ。街ごとに演目や衣装の色が違うので、見比べると、街の個性がよく分かる。

公演の時期に合わせて、街の歴史を調べてから見に行くと、楽しみが倍になる。花街の文化は「見て知る」のが一番早え。

五花街を一覧で比べる

花街場所のめやす名物の踊り
祇園甲部八坂神社の周辺都をどり(春)
祇園東祇園の東側祇園をどり(秋)
先斗町鴨川と木屋町のあいだ鴨川をどり(春)
宮川町鴨川の東・四条〜五条京おどり(春)
上七軒北野天満宮の近く北野をどり(春)

知っておくと自慢できる豆知識

  • 京都では、芸妓のことを「芸妓(げいこ)」と呼び、「芸者」とはあまり言わない。
  • 舞妓の髪型や着物の柄は、街や季節、年季によって違いが出ると言われる。
  • 五花街の踊りは、どれも毎年のように開かれる、伝統の公演だ。

まとめ

五花街は、上七軒の古さ、祇園の華やかさ、先斗町と宮川町の川辺の風情と、街ごとに色が違った。遊郭の歴史とは別のところで、芸を磨く街として今も続いている。京都の遊郭の歴史は島原の記事もあわせて読んどけ。

よくある質問

Q. 五花街でいちばん古い街はどこか?

A. 上七軒が最古とされている。室町時代の北野天満宮の再建にまつわる話が伝わっている。

Q. 祇園は一つの街ではないのか?

A. 祇園には「甲部」と「東」の二つの花街がある。五花街の数え方では、別々の街として数える。

Q. 花街と遊郭は同じものか?

A. 違う。花街は芸を披露するお座敷の街として育った。遊郭は、幕府や藩が公認した、売買春を認める区域のことだ。

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