※本記事は歴史・文化の解説であり、特定の商品やサービスを紹介するものではありません。歴史には諸説あり、年号や呼び名は資料によって異なる場合があります。
ブルーフィルムは、かつて日本で非合法に作られ、ひそかに上映された短編の映画を指す俗称だ。大正期の秘密上映会にまで遡るとされ、戦後は8ミリフィルムの普及とともに広がり、1970年代以降のビデオの登場で姿を消していった。この記事では、内容には立ち入らず、流通の仕組み、取締り、媒体の移り変わりという歴史の面だけを整理する。
ブルーフィルムの歴史
ブルーフィルムとは|呼び名と語源の諸説
英語圏の「blue film」や「blue movie」は、ポルノ映画全般を指す言葉だ。一方、日本では、私家版や内輪の上映のために作られた短編を指して使われることが多い。資料によっては「和製英語」とも説明されるが、英語でも同じ言い方があるとする資料もあり、見方は分かれている。
「青」の由来は、はっきりしていない。英語の blue には「卑猥な」という意味があり、blue joke のような言い方があること、検閲を意味する blue pencil と関係があるのかもしれないという推測、米国では映像を青く着色したことから呼ばれたとする説などが伝わる。いずれも決め手に欠けるため、本記事では「諸説あり」としておく。
戦前から戦後へ|秘密上映会の時代
日本では、大正期以降、料亭や温泉宿などで小規模な秘密上映会が盛んに行われたとされる。1916年に出版された永井荷風の小説『腕くらべ』には、会員制の秘密上映会をうかがわせる会話が出てくる。取締りの記録も大正期から残っていて、当時から非合法の存在だったことが分かる。戦前は、主に16ミリのフィルムが使われ、「猥映画」と呼ばれていたという。
戦後になると、1952年ごろまでが全盛期だったとされる。摘発を受けながらも、浅草や吉原周辺には常設の上映場が10か所以上あった。作り手はアマチュアだけでなく、興味本位や小遣い稼ぎで参加した映画関係者もいたため、ときに完成度の高い作品も生まれたという。1950年代には各地で上映会が開かれ、「土佐モノ」と呼ばれて全国的に知られた作品群もあったと伝えられる。同じ地域の戦後の風俗については、赤線・青線の歴史の記事でも触れている。
なぜ8ミリが主流になったのか|製作・複製・上映のしやすさ
摘発の対象になる以上、作る側は「持ち運びやすく、隠しやすく、すぐ複製できる」形式を選ぶことになる。そこで主流になったのが、短編の8ミリフィルムだった。製作、複写、所持、上映のいずれもしやすいことが理由とされる。
8ミリは、1932年にコダックが「シネコダック8」を発売したことに始まる家庭用の小型映画規格だ。日本では、1953年に富士フイルムが8ミリのフィルムを発売し、1965年にはカートリッジ式のシングル8(富士フイルム)とスーパー8(コダック)が登場して、装填の手間が大きく減った。ただし1960年ごろの時点で、8ミリカメラの普及率は都市部でも約2%にとどまっていた。市場は1970年代にピークを迎える。こうした家庭用機材の発展が、ブルーフィルムが広がる土台にもなった。
年表で見るブルーフィルム
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 大正期 | 料亭や温泉宿などで秘密上映会。検挙の記録も残り始める |
| 1916年 | 永井荷風『腕くらべ』に秘密上映会を示唆する会話が出る |
| 1928年 | 帰山教正『映画の性的魅惑』が刊行される |
| 1932年 | コダックが家庭用の8ミリ(ダブル8)を発売 |
| 1952年ごろ | 戦後の全盛期。浅草・吉原周辺に常設上映場が10か所以上あったとされる |
| 1953年 | 富士フイルムが8ミリフィルムを発売 |
| 1960年ごろ | 8ミリカメラの普及率は都市部でも約2% |
| 1962年 | 『肉体の市場』が公開され、ピンク映画の第1号とされる |
| 1965年 | シングル8とスーパー8が登場 |
| 1960〜70年代 | 8ミリの普及で最盛期を迎え、呼称が定着したとされる |
| 1970年 | ブローカーが摘発される。1960年代に約10万巻を製作・複製・販売したとされる |
| 1975〜76年 | 家庭用ビデオ(ベータマックス、VHS)が発売される |
| 1980年前後 | 市販の映画ソフトの形がビデオテープに置き換わる |
| 1989年 | 「裏ビデオ」の一斉摘発 |
最盛期とその広がり|1960〜70年代
1960年代から70年代にかけては、8ミリの普及によってブルーフィルムが最盛期を迎え、呼び名も定着したとされる。流通の規模を示すのが、1970年に摘発された暴力団関係者を中心とするブローカーの例だ。この組織は、1960年代に約10万巻もの作品を製作、複製、販売したと伝わる。表に出たのはごく一部にすぎないという見方もあり、広がりの大きさがうかがえる。
映画史との関わりも見逃せない。1950年代まで浅草などの映画館で半ば公然と上映されていたものが上映禁止になり、その客層の需要を満たすように、ニュース映画や教育映画の関係者が「お色気もの」の短編を作って小規模な映画館に供給した、と説明する資料もある。1962年の『肉体の市場』をはじめとするピンク映画の登場と、ブルーフィルムが直接つながっているとまでは書かれていないが、同じ時代の流れのなかで読むと分かりやすい。
取締りの仕組み|刑法175条とその判例
取締りの中心にあるのは、刑法のわいせつ物頒布等の罪(第175条)だ。条文は1907年(明治40年)に定められ、現在の法定刑は2年以下の懲役、250万円以下の罰金もしくは科料、またはその併科とされる。2011年には、取締りの対象に電磁的記録が加えられた。
「わいせつ」の考え方を示した代表的な判例が、1957年(昭和32年)3月13日の最高裁判決(チャタレー事件)だ。徒に性欲を興奮・刺激させ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもの、という定義が示された。のちの1980年(昭和55年)11月の『四畳半襖の下張』事件では、文書全体を読んだうえで、その時代の社会通念に照らして判断するという考え方が示されている。
ビデオの登場と衰退|8ミリからテープへ
衰退のきっかけは、家庭用ビデオだった。1975年にソニーがベータマックスを発売し、1976年10月31日には日本ビクターがVHS第1号機を発売した。1970年代に普及し始めたビデオデッキとテープが、フィルムのブルーフィルムを急速に追いやったとされる。市販の映画ソフトも、1980年前後にはビデオテープへと切り替わった。
その後に出てきたのが「裏ビデオ」だ。修整のない映像を収録した非合法のビデオを指し、ブルーフィルムが記録媒体をテープに移したものと説明されることがある。1980年代に制作と販売が広がり、1988年秋からの自粛ムードのなかで、1989年に警察が一斉摘発に動いた。一方、合法のアダルトビデオは、家庭用VTRとレンタルの普及を追い風に市場を広げている。くわしくはアダルトビデオの歴史の記事を参照してほしい。
現在と文化的な影響|散逸したフィルム
非合法に流通していたため、ブルーフィルムの大半は散逸・消失していて、関係者の証言や記録もほとんど残っていない。2002年には、フランスの旧家の屋根裏で見つかった300リール超のフィルムから12作品を選んで再編集した映画『ブルーフィルム 青の時代 1905-30』が公開され、日本でも2005年3月に竹書房からDVDが出た。
歴史を扱った書物もある。帰山教正『映画の性的魅惑』(1928年)、三木幹夫『ブルーフィルム物語 : 秘められた映画75年史』(1981年)、長谷川卓也『いとしのブルーフィルム』(1998年)などだ。2023年11月には、吉川孝『ブルーフィルムの哲学』がNHK出版から刊行されている。この本は、残された経験の記述をたどりながら、失われた映画の世界を哲学の面から描くものだ。同書の紹介では、このジャンルが「異性愛の男性」の欲望を満たすために存在した文化だったことも批判的に指摘されている。
まとめ
ブルーフィルムは、大正期の秘密上映会に始まり、戦後は浅草や吉原周辺の上映場、1960〜70年代の8ミリの普及を経て、ビデオの登場で終わりを迎えた。法の網をくぐる必要から小型で複製しやすい8ミリが選ばれ、そのために広まり、またそのために記録が残りにくくなった。媒体の変化と取締りの歴史を知ると、後のアダルトビデオや規制の流れも見えやすくなる。
よくある質問
Q. 「ブルー」の語源は何ですか?
A. 確定していません。blue に「卑猥な」の意味があること、検閲を指す blue pencil との関係を推測する説、米国で着色していたことに由来するとする説などがあります。
Q. いつごろから日本にありましたか?
A. 大正期以降、料亭や温泉宿などで秘密上映会が行われ、検挙の記録も大正期から残っているとされます。
Q. なぜ8ミリが使われたのですか?
A. 摘発の対象だったため、製作、複写、所持、上映がしやすい短編の8ミリが主流になったとされます。
Q. 法律上はどう扱われましたか?
A. 刑法のわいせつ物頒布等の罪(第175条)の対象で、公然と上映することなどが禁じられています。
Q. ピンク映画とは同じものですか?
A. 別物です。ピンク映画は1962年の『肉体の市場』などから始まる、劇場で公開された商業映画です。ブルーフィルムが上映禁止になった後の需要を、お色気ものの短編が満たしたと説明する資料もあります。
Q. なぜ廃れたのですか?
A. 1970年代に家庭用ビデオデッキとテープが普及し、媒体がフィルムからビデオへ移ったためです。非合法のビデオは「裏ビデオ」と呼ばれ、1989年に一斉摘発されました。
参考にした資料
- Wikipedia「ブルーフィルム (ポルノグラフィ)」「ブルーフィルム 青の時代 1905-30」「裏ビデオ」「ピンク映画」
- Wikipedia「8ミリフィルム」「VHS」「アダルトビデオ」「レンタルビデオ」「わいせつ物頒布等の罪」
- 富士フイルム「富士フイルムのあゆみ “フジカシングル-8”の開発」
- Precious.jp「ブルーフィルムに秘められた紳士の官能と禁忌とは・・・」(2018年公開)
- 神戸映画資料館「所蔵図書紹介『ブルーフィルムの哲学』」、甲南大学図書館「吉川孝『ブルーフィルムの哲学』」

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