※本記事は歴史・文化の解説であり、特定の店舗や営業を紹介するものではありません。歴史には諸説あり、年号や呼び名は資料によって異なる場合があります。
昭和の映画やドラマに出てくる「キャバレー」。今のキャバクラとは、別物の店だ。ここじゃ店名や料金には触れず、キャバレーの成り立ちと、その後の移り変わりを、歴史の順に教える。
📖 キャバレーにまつわるキーワード
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キャバレーは、ダンスホールの流れから生まれた
キャバレーの源流は、フランスのパリにある、歌や踊りを見せる酒場だとされる。日本には大正から昭和の初めにかけて、ダンスホールやカフェーと並んで、洋風の遊び場として入ってきた。カフェー時代の次の波にあたる店だ。
昭和の初めには、ホステスが客の席につき、バンドの演奏やショーを楽しませる、大型の店が登場したとされる。ここから「キャバレー」という呼び名が、日本の夜の店として定着していった。
戦後、復興とともに大型化した
戦後の日本では、街の復興とともに、夜の娯楽も急速に戻ってきた。昭和20年代から30年代にかけて、キャバレーは都市部の繁華街に次々とできていく。
舞台つきの大きなフロアに、生バンド、ショー、そして大勢のホステス。客は、仕事の接待や、仲間との宴会で訪れた。1948年に制定された風俗営業取締法のもとで、キャバレーは「許可を受けて営業する店」として整理されていった。
昭和30年代〜40年代が全盛期
経済が右肩上がりだった昭和30年代から40年代、キャバレーは全盛を迎えた。何百人も入れる巨大な店も、各地にあったと言われる。
会社員の接待の場として使われることも多く、キャバレーは、高度経済成長を支えた「大人の社交場」のひとつだった。街のネオンの顔として、映画や歌にも盛んに登場している。
キャバクラの登場と、キャバレーの衰退
1980年代に入ると、小さな店舗で、気軽に楽しめる「キャバクラ」が登場したとされる。大がかりな舞台や生バンドを持たない分、料金や入りやすさの面で、客に受け入れられた。
時代の変化のなかで、大型のキャバレーは少しずつ姿を消していった。今では、昭和の面影を残す店は、ごくわずかだ。その歴史は、風営法の歴史とあわせて読むと、流れがつかめる。
今、キャバレーの跡から読み取れること
大型キャバレーの建物は、解体されたり、別の用途に変わったりしている。それでも、古い写真や、映画、街の記録から、当時の賑わいはたどれる。
店の形は変わっても、「酒と話と音楽を楽しむ場所」という本質は、今の夜の店にも受け継がれている。
キャバレーをめぐる主な流れ
| 時期 | できごと |
|---|---|
| 大正〜昭和初期 | ダンスホールやカフェーと並んで、洋風の遊び場が広がる |
| 1948年 | 風俗営業取締法が制定され、許可営業として整理される |
| 昭和30年代〜40年代 | 大型キャバレーが全盛を迎える |
| 1980年代 | キャバクラが登場する |
| 平成以降 | 大型店は少しずつ姿を消す |
知っておくと自慢できる豆知識
- キャバレーの源流は、フランスの歌と踊りを見せる酒場とされる。
- 昭和の全盛期には、何百人も入れる巨大な店もあったと言われる。
- 1948年の風俗営業取締法は、現在の風営法の前身にあたる。
まとめ
キャバレーは、ダンスホールの流れから生まれ、戦後の復興と高度経済成長のなかで、大型の社交場として栄えた。キャバクラの登場で、時代の主役は移っていった。夜の店の移り変わりは、赤線・青線の記事も合わせて読んどけ。
よくある質問
Q. キャバレーとキャバクラは同じものか?
A. 違う。キャバレーは、生バンドやショーを備えた大型の店で、キャバクラは、1980年代に登場した、小規模で気軽な店だ。
Q. キャバレーの全盛期はいつか?
A. 昭和30年代から40年代、高度経済成長の時期だとされる。
Q. 今もキャバレーは残っているのか?
A. ごくわずかだが、昭和の面影を残す店が営業している。

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