※本記事は歴史・文化の解説であり、特定の店舗や営業を紹介するものではありません。歴史には諸説あり、年号や呼び名は資料によって異なる場合があります。
遊廓や花街の建物は、空襲や再開発、老朽化で多くが姿を消した。それでも一部は、国や自治体によって文化財に指定・登録されている。この記事では、文化遺産オンラインや国指定文化財等データベース、自治体の資料で指定・登録の事実を確認できた旧遊廓・妓楼・お茶屋・料亭の建物を、所在地、建築年、指定区分、特徴の順に整理する。地区単位で保存される重要伝統的建造物群保存地区は、建物の表とは分けた。現在の使われ方は資料にある範囲で触れるが、利用の案内はしない。
遊郭建築と文化財
先に整理|指定・登録・選定は何が違うのか
- 重要文化財:有形文化財のうち重要なものを国が指定する。現状変更には文化庁長官の許可が要る。
- 登録有形文化財:1996年(平成8年)10月施行の文化財保護法改正で始まった制度だ。届出制と指導・助言を基本とする緩やかな保護で、指定制度を補う仕組みだと文化庁は説明している。
- 重要伝統的建造物群保存地区(重伝建):市町村が地区を決め、そのうち価値が高いものを国が選定する。1975年(昭和50年)の法改正で発足し、2026年9月4日現在で全国130地区ある。種別の一つに「茶屋町」がある。
- 市・県の指定:自治体が独自に指定する。区分は自治体ごとに異なる。
注意したいのは、文化財の分類に「遊郭建築」という種別がないことだ。データベースの解説に「妓楼」と書かれていない建物も多い。この記事で旧遊廓・花街の建物としたものは、データベースや自治体の資料、論文、報道のいずれかに根拠がある。根拠の弱いものは載せていない。
一覧|指定・登録された旧遊廓・花街の建物15件
国の重要文化財、国の登録有形文化財、自治体の指定の順に並べた。年月日は確認できたものだけ書いた。
| 名称 | 所在地 | 建築年 | 指定区分 | 特徴 |
|---|---|---|---|---|
| 角屋 | 京都府京都市下京区(島原) | 江戸後期。古い部分は1641年頃とされる | 重要文化財(1952年3月29日) | 島原に残る代表的な揚屋建築。主屋のほか、曲木亭・茶室・待合・土蔵三棟が重文 |
| 志摩 | 石川県金沢市東山(ひがし茶屋街) | 1820年の茶屋町創設当初 | 重要文化財(2003年12月25日) | 全国的にも類例が少ないとされる茶屋建築。面皮柱と弁柄色の土壁が特徴 |
| 角屋 松の間 | 京都府京都市下京区(島原) | 大正(1926年) | 登録有形文化財(2012年8月13日) | 火災後に再建された離れ。23畳の大広間へ座敷が連なる |
| 鯛よし百番 | 大阪府大阪市西成区山王(旧飛田遊廓) | 大正中期。資料により1925〜28年頃 | 登録有形文化財(2000年2月15日) | 木造2階建て。擬宝珠高欄、唐破風、陽明門を模した意匠 |
| 旧川本家住宅 | 奈良県大和郡山市洞泉寺町(旧洞泉寺遊廓) | 1924年(大正13年) | 登録有形文化財(2014年10月7日) | 木造3階建ての貸座敷建築。現在は「町屋(町家)物語館」として公開 |
| 旅館かみなか本館 | 岐阜県高山市花岡町 | 明治(1883〜97年)。1888年築とされる | 登録有形文化財(2012年2月23日) | 唐破風の玄関と出格子。妓楼建築を今に伝える宿と紹介される |
| 西検番事務所 | 石川県金沢市(にし茶屋街) | 1922年(大正11年) | 登録有形文化財(登録年月日は未確認) | 芸妓の検番。洋風の事務所と和風の稽古場から成る |
| 鍋茶屋主屋 | 新潟県新潟市中央区東堀通(古町花街) | 1910年(1937年に増築) | 登録有形文化財(2000年4月28日) | 木造3階建て。幕末創業と伝わる料亭の主屋 |
| 旧割烹有明(表棟・中棟・奥棟) | 新潟県新潟市中央区古町通九番町 | 建築年は未確認 | 登録有形文化財(2024年12月3日) | 二階に床構え付きの座敷を三室配した料亭建築 |
| 相馬屋主屋 | 山形県酒田市日吉町 | 1895年頃(明治28年) | 登録有形文化財(1996年12月20日) | 明治27年の大火後、残った土蔵を取り込んで再建された料亭 |
| 山王くらぶ | 山形県酒田市 | 1895年(明治28年) | 登録有形文化財(2003年1月31日) | 酒田を代表する規模と格式の旧料亭。市が所有 |
| 輪違屋 | 京都府京都市下京区(島原) | 1857年再建。1871年頃に現在の姿 | 京都市指定有形文化財(1984年6月1日) | 置屋兼お茶屋の建物。「傘の間」「紅葉の間」で知られる |
| 旧つちや | 石川県金沢市主計町 | 1913年(大正2年) | 金沢市指定有形文化財(2013年4月11日) | 浅野川沿いに建つ、茶屋様式の町家建築 |
| 花月 | 長崎県長崎市丸山町 | 1818年頃に茶屋として新築 | 長崎県指定史跡(1960年3月22日) | 丸山遊廓の引田屋の庭園内に建てられた茶屋。引田屋の遺構を引き継ぐ |
| 若胡子屋跡 | 広島県呉市豊町御手洗 | 1724年に開業とされる | 広島県指定史跡(指定年は未確認) | 御手洗で最初に藩の許可を受けた茶屋の跡 |
角屋の建築年は、国のデータベースが「江戸後期」、別の解説が古い部分を1641年頃(寛永18年)とするため、両方を書いた。若胡子屋跡は、重伝建(豊町御手洗)の中にある。
国の重要文化財になった2件|角屋と志摩
今回調べた範囲で、旧遊廓・花街の建物として国の重要文化財になっているのは、角屋と志摩の2件だった。全国の網羅的な一覧は見つからなかったので、ほかにないと言い切ることはできない。
角屋は、京都の島原にある揚屋の建物だ。揚屋は、置屋から太夫などを呼んで宴会を催す施設で、引手茶屋と揚屋の違いは別の記事で詳しく書いた。角屋は1952年に「角屋 1棟」として重要文化財になり、1980年には宅地も追加で指定された。国のデータベースの解説は、島原にある代表的な揚屋で、庭もよく保存されて往時の景観をとどめている、という趣旨だ。京都市の資料は、揚屋建築の唯一の遺構として重要文化財になったと説明している。
建物の古い部分は、1641年頃に二代目の当主が六条三筋町から現在地へ移したものが残るとされ、天明期には2階の「扇の間」などが増築された。大正末期の火災のあと再建された「松の間」は重文の対象外で、2012年に登録有形文化財に登録された。庭は2010年に京都市の名勝になっている。1998年4月から「角屋もてなしの文化美術館」として公開されている。
志摩は、金沢のひがし茶屋街にある茶屋建築だ。1820年(文政3年)にひがしの茶屋町が開かれた当初に建てられた。1階・2階の座敷まわりに面皮柱を要所に使い、弁柄色の土壁や図案のある金物で、落ち着きと華やかさを併せ持つ室内をつくっている。国のデータベースの解説は、保存状態がよく、ひがしに残る茶屋建築の典型で、全国的にも類例が少ないと評価している。
2つは性格が違う。角屋は遊廓の宴席を受け持った揚屋、志摩は芸妓が座敷を務める茶屋町のお茶屋だ。どちらも、文化財の解説文では「遊廓」ではなく「揚屋」「茶屋建築」という建築の言葉で説明されている。
登録有形文化財になった妓楼・検番・料亭
登録有形文化財には、貸座敷や検番、料亭だった近代の建物がいくつか含まれる。
鯛よし百番(大阪市西成区)は、飛田遊廓の妓楼として建てられた建物で、2000年2月15日に登録された。木造2階建て、建築面積291平方メートル。2階に擬宝珠高欄が巡り、玄関に唐破風がある。建築年は、国のデータベースの年代欄が大正中期、Wikipediaの項目が1925〜28年頃とされ、記述が分かれる。現在は料理店として使われている。2021年には、修復費用を募るクラウドファンディングが行われたと、遊廓建築の保存を論じた論文が紹介している。
旧川本家住宅(奈良県大和郡山市)は、旧洞泉寺遊廓で貸座敷「川本楼」だった建物だ。棟札から1924年の上棟とわかる。2014年10月7日に、本館・座敷棟・蔵・納屋が国の登録有形文化財になった。座敷棟の解説には、2階が髪結場など営業用の部屋だったとある。1958年の廃業後は下宿として使われ、市が取得して耐震工事をしたのち、2018年1月10日に一般公開が始まった。名称は「町屋物語館」「町家物語館」と資料で表記が分かれる。
旅館かみなか本館(岐阜県高山市)は、2012年2月23日に登録された。木造2階建てで、正面中央の玄関に唐破風の庇が付き、上下階に出格子が巡る。登録の解説に遊廓との関係は書かれておらず、妓楼建築の宿だという説明は旅行雑誌の記事による。
西検番事務所(金沢市)は、にし茶屋街にあった芸妓の置屋・検番として1922年に建てられた。手前の洋風の事務所と、奥の和風木造2階建ての稽古場から成る。金沢市の案内では国の登録有形文化財とされるが、登録年月日は確認できなかった。
鍋茶屋主屋・旧割烹有明(新潟市)は、古町花街の建物だ。古町花街は、1898年に古町通8・9番町に芸妓を中心とする花街が生まれたとされる。鍋茶屋は幕末創業と伝わる料亭で、主屋は2000年に登録された。旧割烹有明は2024年の登録で、奥棟は2階に座敷を3室並べた料亭建築と説明されている。
相馬屋主屋・山王くらぶ(山形県酒田市)は、どちらも明治28年頃の料亭の建物だ。相馬屋主屋は明治27年の大火のあと、残った土蔵を取り込んで建て直された。山王くらぶは今は市が所有している。くわしくは山王くらぶの記事にまとめた。料亭は遊廓そのものではないが、花街の座敷文化に連なる建築として並べた。
市・県が指定した建物|輪違屋・旧つちや・花月・若胡子屋跡
輪違屋は、島原にある置屋兼お茶屋の建物で、1984年6月1日に京都市指定有形文化財になった。附として高塀1棟が含まれる。1857年(安政4年)に再建され、1871年頃にほぼ現在の姿になったと考えられている。襖に道中傘を貼り込んだ「傘の間」が知られる。島原の入口の島原大門についても、京都市の一覧表では市指定とされる一方、観光資料では「登録」と書かれることがあり、区分の書き方が一定しない。そのため表には載せていない。
旧つちやは、金沢の主計町の浅野川沿いに建つ茶屋様式の町家で、2013年4月11日に金沢市の指定になった。表通りと裏通りの両方に面している。建築年は固定資産税台帳で大正2年とされる。
花月は、長崎の丸山にある料亭の建物だ。1818年頃、丸山遊廓の老舗だった引田屋の庭園の一部を開いて茶屋を新築したのが始まりとされる。1879年の大火で類焼し、翌年に引田屋の建物の一部へ移った。引田屋は大正末年に廃業したが、花月の名と庭園・建物は受け継がれた。1960年3月22日に県の史跡に指定されている。引田屋の創業年は、市の資料が寛永年間(1624年頃)、Wikipediaが寛永19年(1642年)とし、食い違う。
若胡子屋跡は、広島県呉市の御手洗にある茶屋の跡だ。1724年に広島藩の許可を受けて開業した御手洗で最初の茶屋とされ、現存する唯一の茶屋の建物と紹介される。県指定の史跡だが、指定年月日は確認できなかった。
重伝建になった茶屋町|建物ではなく町並みを守る制度
重伝建は、個々の建物ではなく、町並み全体を保存する制度だ。花街に関わる地区は、種別が「茶屋町」のものと、港町や商家町の一部に茶屋が含まれるものがある。次の5地区を確認できた。
| 地区名 | 所在地 | 種別 | 選定年月日 | 特徴 |
|---|---|---|---|---|
| 祇園新橋 | 京都府京都市東山区 | 茶屋町 | 1976年(文化庁は9月4日、京都市の資料は6月8日) | 約1.4ヘクタール。1712年に開発された祇園内六町の茶屋街が始まり。茶屋は切妻造・平入2階建てで、1865年の大火直後の建築 |
| 東山ひがし | 石川県金沢市 | 茶屋町 | 2001年11月14日 | 約1.8ヘクタール。1820年の茶屋町創設時の敷地割りが残る。1階に出格子、2階に座敷を設けた茶屋建築が連なる |
| 主計町 | 石川県金沢市 | 茶屋町 | 2008年6月9日 | 浅野川沿いの茶屋町。木虫籠と呼ばれる格子窓が特徴。市は2003年に先に保存地区を決定 |
| 小浜西組 | 福井県小浜市 | 商家町・茶屋町 | 2008年6月9日(本文に6月10日の記載もある) | 約19.1ヘクタール。西側の三丁町が茶屋町で、千本格子や2階の縁をもつ茶屋建築が残る |
| 豊町御手洗 | 広島県呉市 | 港町 | 1994年7月4日 | 約6.9ヘクタール。4軒の茶屋が認められて遊所をなし、最初の若胡子屋は1724年開業 |
京都の五花街は有名だが、重伝建に選ばれた茶屋町は、今回確認できた範囲では祇園新橋だった。花街と遊廓の違いは、芸妓が座敷を務める茶屋と、遊女が置かれた妓楼を分けて考えるとわかりやすい。
失われた遊廓建築|指定されても残らなかった例
文化財の指定を受けても、建物が残るとは限らない。名古屋の中村遊廓では、1993年10月に大門地区の4件が名古屋市の都市景観重要建築物等に指定された。このうち料理旅館の大観荘は2004年、長寿庵は2014年に解体されて指定が解除された。料亭の稲本は2018年、旧松岡旅館は2023年に解体されたと、Wikipediaの写真説明にある。
ほかにも、奈良市の木辻遊廓で1916年に妓楼「本家岩谷楼」として建てられた旅館「静観荘」は2022年に取り壊された。兵庫県丹波篠山市の京口新地の「大正楼」は2019年に解体され、長野県飯田市の飯田遊廓では久保田楼が2002年、深津楼が2004年に姿を消した。久保田楼は、図面と一部の木材だけが保存されたという。
こうした経緯から、現在残る建物は、行政が取得して公開に踏み切った旧川本家住宅のように、保存へ向けた動きがあったものが中心になる。
保存をめぐる課題|「負の歴史」をどう残すか
遊廓建築の保存を論じた論文(加藤晴美、東京家政学院大学紀要)によれば、遊廓は地域の繁栄を担った一方で、売買春という「負の歴史」を抱えた場所でもあり、記憶を覆い隠そうとする地域も多い。1990年代から建築研究者が老朽化する妓楼建築に注目して文化財化が進み、近年は忌避感が薄れて、まちづくりの拠点として再生される例も出てきたという。
旧川本家住宅の公開では、「遊廓だった歴史を隠さないが、前面に出さない」という方針がとられたという。詳しい解説は、見学者が求めたときに市民ガイドが行う。論文は、売買春の歴史を女性の人権という視点から切り離して保存・活用することへの疑問も紹介している。
まとめ
旧遊廓・花街の建物で、資料から指定・登録を確認できたのは、国の重要文化財が角屋と志摩の2件、国の登録有形文化財が鯛よし百番・旧川本家住宅など9件、市・県の指定が輪違屋・旧つちや・花月・若胡子屋跡の4件だった。町並みとしては、祇園新橋、東山ひがし、主計町、小浜西組、豊町御手洗の5地区が重伝建になっている。一方で、指定を受けても解体された例があり、現存する建物は貴重な資料だと言える。赤線時代のカフェー建築が文化財になった例は、今回の調査では確認できなかった。
よくある質問
Q. 遊郭の建物で国の重要文化財になっているのはどこですか?
A. 今回確認できたのは、京都・島原の角屋(1952年指定)と、金沢・ひがし茶屋街の志摩(2003年指定)だ。角屋は揚屋、志摩は茶屋の建築である。
Q. 旧川本家住宅は、いつ文化財になりましたか?
A. 2014年10月7日に、国の登録有形文化財(建造物)に登録された。1924年(大正13年)の建築で、2018年1月から一般公開されている。
Q. 重伝建になった茶屋町はどこですか?
A. 祇園新橋(京都市)、東山ひがしと主計町(金沢市)、小浜西組(福井県小浜市)が茶屋町を含む地区だ。広島県呉市の豊町御手洗は港町の種別で、茶屋の跡が含まれる。
Q. 赤線のカフェー建築は文化財になっていますか?
A. 今回調べた範囲では、赤線時代のカフェー建築が国や自治体の文化財になった例は確認できなかった。ただ、網羅的な調査ではない。
Q. 文化財に指定・登録されれば建物は守られますか?
A. 必ずしもそうではない。中村遊廓では、市の都市景観重要建築物等に指定された4件がいずれも解体された。
参考にした資料
- 文化庁「国指定文化財等データベース」「文化遺産オンライン」(角屋、志摩、角屋松の間、鯛よし百番、旧川本家住宅座敷棟、旅館かみなか本館、鍋茶屋主屋、相馬屋主屋、旧つちやの各項目)
- 文化庁「登録有形文化財(建造物)」「重要伝統的建造物群保存地区」「文化財の種類、指定・選定・登録」の解説ページ
- 京都市「京都市指定・登録文化財(建造物)」、京都を彩る建物や庭園(輪違屋・角屋)、京都市祇園新橋伝統的建造物群保存地区の資料
- 金沢市の文化財案内(西検番事務所、東山ひがし伝統的建造物群保存地区)
- 長崎県の文化財データベース「花月」、長崎市の文化財の案内
- 酒田市「山王くらぶ」の案内ページ、新潟市の登録有形文化財に関する発表
- 加藤晴美「妓楼建築の保存・活用にみる遊廓の記憶と地域」(東京家政学院大学紀要、J-STAGE)
- Wikipedia「遊廓」「飛田遊廓」「中村遊廓」「木辻遊廓」「洞泉寺遊廓」「ひがし茶屋街」「古町花街」「小浜西組」「御手洗」「輪違屋」「角屋」
- 「【文化財の宿】わずかに残る妓楼建築の宿に泊まる」(たびよみ、旅館かみなかの記述)

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