遊廓・花街・赤線の歴史完全ガイド|概説と西日本の旧遊廓跡

このページは、歴史と資料の整理であり、特定の店舗や営業を紹介・案内するものではない。現在営業している場所の案内もしない。法律の話は、国会会議録や条文など公開資料の整理であって、法律相談や個別の営業の適法性の判断の代わりではない。年号や数字は資料によって食い違うことがあり、子記事では併記している。最終確認日は2026年10月。旧遊廓や花街の跡を歩くときは、いまも人が暮らす町だと考えて、撮影や立ち入りに配慮しろ。

遊廓、花街、赤線。似た言葉が並ぶのに、何がどう違うのか、はっきり説明できる人は少ない。町の名前は知っていても、いつ生まれ、なぜ動き、どうやって終わったのかとなると、さらに曖昧になる。

このページは、遊廓の定義と用語の違い、娼妓と芸妓を分けた法律、戦後の呼び名、文化財になった建物の概説4本と、近畿・東海・中国・四国・九州・沖縄の旧遊廓と花街26本をまとめた地図だ。東日本は別の柱にまとめてある。どの記事も、公的資料や研究、自治体の資料で確認できた範囲だけを書いている。

このページの使い方

用語や制度から知りたいなら、最初のグループの4本から入れ。特定の町を調べたいなら、ロードマップで地域の行を探せ。地域ごとの一覧記事で全体をつかんでから、個別の町の記事へ進むと迷わない。各記事の中身は、グループごとの要点で2行ずつ確認できる。

要点

  • 遊廓と花街を分ける軸は、「何を売るか」「どの法令に縛られたか」「どこで営業できたか」の3つ
  • 赤線・青線・白線は法律用語ではなく俗称。警視庁の国会証言が根拠で、白線は地域でなくやり方を指した流行語
  • 1929年の貸座敷の指定地は全国で541か所。公娼地域としての遊廓の歴史は、1958年4月1日の売春防止法の全面施行で終わった
  • 町の移転や変化のきっかけは、大火、戦争、鉄道の開通、都市計画、法律改正など、土地ごとに違う
  • 年号や数字は資料で食い違う。子記事は、どの出典の数字かを書いて併記している
  • 営業が続く地域は、歴史と法的な位置づけの確認だけ。店の紹介や利用の案内には触れない

悩み別・読む順番ロードマップ

知りたいことや地域に近い行から入れ。30本すべてが、どこかの行に載っている。

悩み・場面 読む記事
遊廓って何か、花街とどう違うか 遊廓の全体像、遊廓と花街の違い
赤線・青線・白線の意味 赤線・青線・白線
残っている建物、文化財になった建物 遊郭建築の文化財
近畿の旧遊廓を一覧で、京都・大阪の跡 近畿の一覧、京都の旧遊廓・花街跡、大阪の旧遊廓・新地跡、橋本
飛田新地、今里新地、信太山新地の歴史と位置づけ 飛田新地、今里新地、信太山新地
奈良・滋賀・三重の遊里と温泉地 木辻、彦根・長浜、雄琴温泉、伊勢・古市
名古屋と岐阜 名古屋・大門、金津園
中国・四国の旧遊廓 中国・四国の一覧、広島、下関
四国の城下と港町 道後、高松、高知
九州・沖縄の旧遊廓を一覧で 九州・沖縄の一覧
福岡・佐賀・熊本・大分 博多・柳町、佐賀・室園、熊本・二本木、別府・浜脇
鹿児島と沖縄(基地の街) 鹿児島・沖之村、コザ

概説|用語・法律・文化財

まず言葉と制度の整理から。ここを押さえると、地域別の記事で出てくる呼び名や年号が読みやすくなる。

近畿の旧遊廓と花街(京都・大阪)

近畿は一覧記事で全体をつかんでから、京都・大阪の個別記事へ入るのがいい。営業が続く地域は、歴史と法的な位置づけの確認に絞っている。

奈良・八幡・滋賀・三重の遊里

城下町、宿場、門前町、温泉地。成り立ちの違う町を並べて読むと、遊里が生まれる条件の違いが見えてくる。

東海・中国・四国の旧遊廓

都市の移転計画、軍都、港町。大きな出来事に町がどう巻き込まれたかを、年表つきで読める。

九州・沖縄の旧遊廓

長崎の丸山から那覇の辻まで。城下町、軍都、温泉地、基地の街と、成り立ちの違いが大きい地域だ。

用語の早見表|似た言葉をどう読み分けるか

古い資料では、同じ言葉が別の意味で使われることがある。地域別の記事を読む前に、ここで大づかみにしておけ。細かい定義と例外は概説の記事にある。

言葉 指したもの ポイント
遊廓 公許の遊女屋を集めて囲った区画。近代は貸座敷営業地の通称 近世の代表は吉原・島原・新町。1958年まで
岡場所 江戸時代、公許の外にあった遊所・私娼街 天保の改革で1842年に江戸の岡場所が取りつぶされた
新地 新しく開かれた遊所や花街 統一的な定義はなく、時代と土地で意味が違う
花街 芸妓(芸者)を呼ぶお茶屋・置屋・料理屋が集まる地域 1958年まで、多くの花街で芸妓と遊女が併存していた
赤線 1946年の公娼制度廃止後、警察が黙認した特殊飲食店街 旧遊廓の多くが料亭やカフェーに看板を替えて続いた
青線 保健所の飲食店許可だけで営業した地域 赤線の外で、組合にも入らなかった
白線 地域でなく「やり方」を指した流行語 法律用語ではなく俗称

町が生まれ、動いたきっかけ別の例

個々の町の記事を横に並べると、動かしたものが見える。年号の細部は各記事で確かめろ。

きっかけ 例 記事
大火の後の代替地 1912年の難波新地の大火のあと、飛田が計画された 飛田新地
戦争・軍の駐屯 日清戦争の軍需景気の広島、西南戦争後の熊本、野砲兵第四聯隊の移駐で軍の町になった信太山 広島、熊本、信太山
鉄道・航路の開通 1910年の京阪開通で拡大した橋本、宇高連絡船で四国の玄関口になった高松 橋本、高松
都市の計画・移転問題 大学誘致で新柳町へ移った博多、移転問題が続き中村へ移った名古屋 博多、名古屋
空襲・原爆 1945年の高松空襲、下関の空襲、原爆で焼けた広島。高知は大空襲を免れた 高知、下関
法律 1958年の売春防止法の全面施行。転業先や終わり方は町ごとに違う 遊廓の全体像

資料を読むときの注意|年号や数字が割れるところ

  • 成立の年は、「許可」「開業」「移転」のどれを指すかで変わる。今里新地は開設年の揺れを、道後の松ヶ枝遊廓は1877年説と1878年説を併記している
  • 規模の数字は、出典で違う。橋本遊廓は数字の違いを表にし、佐賀の室園遊廓は資料ごとの数字を並べている
  • 彦根の袋町は、成立の年号が資料によって異なる。1つの年号だけ書いてある記事は、出典を見ろ
  • 売春防止法は、1956年に公布され、1958年4月1日に全面施行。「1957年成立」と書く資料もある

よくある質問

遊廓と花街は何が違う?

分かれ目は、何を売るか、どの法令に縛られたか、どこで営業できたかの3つだ。娼妓取締規則が遊廓を制度にし、芸妓は別に扱われた。ただし両者の境がにじんだ実例もある。 詳しくは遊廓と花街の違いの記事、遊廓の全体像の記事へ。

赤線・青線・白線は、法律上の言葉?

法律用語ではなく俗称だ。赤線は旧指定地に残った黙認の地域、青線は赤線の外で組合にも入らず営業した区域、白線は地域でなくやり方を指した流行語だった。 詳しくは赤線・青線・白線の記事へ。

遊廓の建物は、いまも見られる?

国の重要文化財の角屋と志摩、登録有形文化財の鯛よし百番などがある。一方で、指定されても残らなかった建物や、2022年に解体された木辻の旧妓楼のような例もある。 詳しくは文化財の記事、木辻の記事へ。

飛田新地は、合法なのか違法なのか?

この柱では断定しない。売春防止法が罰するのは勧誘・周旋・場所の提供・管理などで、店の形や看板だけで決まらない。2025年の国会で警察庁は、個別具体の事実を踏まえて判断すると答えた。営業の案内はしない。 詳しくは飛田新地の記事へ。

遊廓は、いつ終わった?

1946年のGHQの指令で公娼制度が廃止され、多くは赤線として続いた。売春防止法が1958年4月1日に全面施行され、公娼地域としての遊廓の歴史が終わる。沖縄のコザは、適用時期が本土と違う。 詳しくは遊廓の全体像の記事、コザの記事へ。

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まとめと次の一歩

遊廓の歴史は、言葉の定義、法令、町の事情の3つを押さえると、一気に読みやすくなる。まず概説の4本で物差しをつくって、気になる地域の一覧記事から個別の町へ進め。現地を歩くなら、いまも人が暮らす町として静かに歩け。

最終確認日:2026年10月